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大阪高等裁判所 昭和54年(う)717号 判決

本籍

兵庫県尼崎市西難波町五丁目一三八番地

住所

同県同市同町五丁目八番六号

ゲーム販売業兼ゲームセンター経営

石井辰登こと石井登

昭和一六年一〇月二〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五四年二月二二日神戸地方裁判所が言渡した判決に対し、被告人及び弁護人林義夫から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 瀧本勝 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人林義夫作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意中事実誤認の主張について、

論旨は、要するに、原判示三年度分の所得税に関し、被告人において、これを免れるため、偽りその他不正の行為をしたことはない。この点、これありとして積極に認定し、有罪とした原判決は、事実を誤認している、というのである。

しかしながら、原判決挙示の各関係証拠によれば、所論の点を含め原判示各事実はいずれも優にこれを肯認することができる。すなわち、被告人は原判示各年度に、原判示各所得がありながら、所得税逋脱の意図をもって、原判示のとおり、ことさら右各年度の所得金額を過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書(昭和四九年分、同五一年分)を税務署長に提出し、或は右確定申告書(昭和五〇年分につき)を右同様逋脱の意図を以て提出せず、結局、原判示各所得税を免れたものであることを認めることができる。してみると、被告人の前示認定の所為は、所得税法所定の不正な逋脱行為に該当するものと認めることができる。(最高裁判所昭和四二年一一月八日大法廷判決、同四八年三月二〇日第三小法廷判決)

所論は、無記名定期預金は法により認められた正当な貯蓄であるから、被告人が無記名定期預金をしたことを以て不正の行為と認めたのは不当であると非難する。しかし、原判決の理由中、その事実摘示の項及び「弁護人の主張に対する判断」の項を併わせ読むと、原判決は、あくまで課税対象たる所得が存在するに拘らず、内容虚偽の不正申告(又は不正の不申告)手続をしたことをとらえて、不正の逋脱行為ありとするものであって、本件無記名預金の点は、その際架空人名義の印鑑を使用したことと共に、これによって右の不正申告行為(又は不正の不申告)があらかじめ逋脱の意図を以て行われた故意犯であることを裏付ける事実として、これを指摘しているものにすぎない。そして、右「弁護人の主張に対する判断」の項に説示するところも、結局右の趣旨に帰着するものに外ならない。所論はこれと異なる見解を前提とするものであって、到底採るを得ない。論旨は理由がない。

控訴趣意中量刑不当の主張について、

論旨は、要するに、原判決の量刑は、ことに罰金刑の点において、重きに過ぎて不当である、というのである。

そこで、所論にかんがみさらに記録を精査し、当審の事実調の結果をも併わせ検討するに、本件は、被告人が昭和四九年分(所得額四六一六万三六五八円、税額二二四一万八八〇〇円、申告所得額三〇三万七六〇九円、申告税額二一万七七〇〇円)、昭和五〇年分(所得額二三八八万九五七三円、税額八六四万四三〇〇円、申告せず)、昭和五一年分(所得額三二〇八万九二一四円、税額一二九六万三四〇〇円、申告所得額一三七万九二二六円、申告税額〇円)の三年分にわたり、所得税合計四三八〇万八八〇〇円を逋脱したという事案であって、各犯行の動機、態様、罪質、被告人の前科、これまでの営業活動や業態、ことに本件はいずれも計画的な犯行であるうえ、申告税額に対する脱税額の割合が高く、逋脱額も多額であること、原判示第三の犯行は執行猶予期間中の犯行であること、さらにはこの種事犯の科刑状況など諸般の事情に徴すると、被告人の反省度や、その後被告人において本件逋脱税額の一部を追加納付していることなどの被告人の犯行後の情状、その他被告人の現在の収入状況など所論指摘の被告人の有利に認定し得る諸点を十分斟酌しても、被告人に対する原判決の量刑は、これを是正しなければならないほど不当に重いものとは考えられない。論旨は理由がない。

以上の次第で、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村哲夫 裁判官 藤原寛 裁判官 内匠和彦)

○ 昭和五四年(う)第七一七号

控訴趣意書

所得税法違反

被告人 石井登

右頭書事件についての弁護人の控訴趣意は次のとおりである。

原判決は本件公訴事実を認定し被告人に対し、判示第一、第二、の罪につき懲役三月罰金四〇〇万円判示第三の罪につき懲役三月罰金二〇〇万円に処する。

この裁判確定の日から二年間右各懲役刑の執行猶予する。右猶予期間中保護観察に附するとの刑に処したが、以下述べる理由により(一)原判決には事実誤認があり、(二)刑の量定(罰金刑につき)も著しく重きに失し不当であるので到底破棄を免れないものと思料する。

第一 事実誤認

一、本件各公訴事実について外形は認められるが無記名定期預金等不正の方法により所得税を免れたとの点を否認する。

二、無記名定期預金は国家が国民の貯蓄契励により我が国民経済の発展を図らんとするもので正当な貯蓄制度である。不正な方法でない。

この点各種無記名割引債券、無記名国債と同様である。

国民一般はその制度の趣旨により無記名預金制度を利用している。

よって、本件は所得税法二三八条の構成要件である不正の行為に該当しないから無罪と思料する。

三、然るに原判決が本件公訴事実を認定したのは事実誤認である。

四、むしろ本件は同法一二〇条一項の確定申告違反として同法二四一条該当と思料する。

第二 量刑不当(罰金刑につき)

一、仮りに公訴事実が認められたとしても、本件は前記の如く所得税法二四一条違反として懲役一年罰金二〇万円に処すべき事案とも認められる点があるのでこの点情状として御斟酌願いたい。

二、本件は通常脱税手段として利用される二重帳簿作成、架空経費の計上等、積極的詐欺手段を用いたものではないのでその手段悪質とは云えない。

三、五一年度分所得税は既に納付済みである。四九年、五〇年度分については、被告人経営のパチンコ店の営業権(時価約三〇〇〇万円)を譲渡し、その代金で納付する予定でその旨の誓約書は既に差入済みである。地方税については、分割納税による旨示談解決している(弁護人提出書証のとおり)。従って結局本件所得税免脱は解消される事になっている。申すまでもなく税法違反は国家財政権の侵害で財産犯である。財産罪において損害がてんぽされることは重大な情状である。而して被告人は今後も完納に鋭意努力する旨誓っている。よってこれ等の点御斟酌願いたい。

四、被告人は本件につき終始素直に自白し、改悛の情を示している。今後絶対再犯の虞れないものと認められる。

第三 結論

本件が原判決の如くであるとしても二三八条の併科刑の要件は情状によりとなっているのでこの点を検討する。

本件脱税額は必ずしも多額と認められないのみならず前記諸情状を綜合斟酌する時本件情状は悪質重大ではない。

従って併科刑を科し且六〇〇万円の高額の罰金とすべき情状とは認められない。よって、原判決を破棄し懲役刑のみの選択を御願いし、罰金刑併科の選択はしない様御願いしたい。

被告人の現在の喫茶店経営の支払能力では、本件納税だけで精一杯である。若し罰金不能の場合一日一万円の換刑処分では合計六〇〇日留置されることとなる。

かくては未納税額完遂も不可能となること明らかである。

若し罰金刑併科やむなしとした場合には大幅に六〇〇万円を減額願いたい。又出来得れば執行猶予の御判決を願いたい。

昭和五四年六月八日

弁護人 林義夫

大阪高等裁判所

第一刑事部 御中

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